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2008年8月18日 (月)

医師からの忠告 カリウム値

さて、一方の母の体調の方だが、新しい病院で診察してもらうと、まだ大丈夫だろうとのことだった。

大丈夫とは人工透析の必要はないだろうということだ。

それを聞いた私も母も一安心したものだ。

実は、前医師は専門は整形外科であった。

だから、腎臓に関してはそれほど詳しくなかったんだろうと、私たちにとってはうれしい誤算であったのだ。

ただ、一言注意を新しい医師から受けていた。

カリウム値が高いというのだ。

専門的なことは、私にはわからないのだが、カリウムが上がりすぎると命にかかわるということだった。

これに関しては生ものは食しないことと忠告された。

生ものを食するといけない。つまり、生魚や生野菜を食べるなということだった。りんごを丸一個食べると死ぬよとまでいわれた。

もっとも、母は生魚も生野菜も嫌いであった。

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2008年8月15日 (金)

介護と仕事。その両立

私は母に人工透析の必要があることを告げた。

母は無言であったが、困惑の表情は浮かべていた。

人工透析は自宅近くの病院を選んだ。

週に3回という通院の負担をできるだけ軽くするべきだと思ったからである。

問題は私の仕事であった。

まず、勤めているところを辞めなければならない。そして、病院への送り迎いができる時間的余裕のある仕事を選ばなくてはならない。

必死になって求人情報誌で仕事を探した。

すると、ある物流センターで午前2時半から11時半までの求人を見つけた。

身分はフルタイムのパートであった。

しかし、パートゆえ、正社員よりは比較的、休みが取りやすいと思った。

その物流センターの求人広告にも『お子様の行事で休まれる場合は言ってくださいね』という趣旨のことが書かれていた。

私はもうここを逃してはならないと思い、電話をかけたのだった。

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2008年8月 5日 (火)

主治医からの迫られた選択

  母は貧血で、それまでも週一回、病院に通院しており、増血注射及び点滴という加療をしていた。

 そして、その病院は自宅から遠く、近年は私が自家用車で送迎をしていた。

 点滴とは時間がかかるもので、診療が終了するまでに時間が1~2時間くらいかかるのだが、その待ち時間を私は病院の周辺を散歩するなどして費やしていた。

 その日も、待ち時間に私は散歩をしていたところ、携帯電話に病院からの着信があった。

「××さんの息子さんですね。先生からお母さんのことでお話があります。病院まで来ていただけますか」

 (着たか…)

 そう思いながら、私は病院に向かった。

 主治医は、

「もう、腎臓が機能していない。人工透析をするか、もし、しなければあと一年の命。寿命と思って諦めるか…」

といった。

 実は、この主治医、私の近い親戚(従兄弟の息子)である。

 私は、迷わず、人工透析を選んだ。

 母本人もそちらを選ぶと判断したからである。

 

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2008年8月 4日 (月)

母、人工透析に

 ついにこの日がやってきた。 

 母は腎臓が悪く、いずれ人工透析が必要になると医師からいわれていた。

 覚悟はしていたつもりだったが、今更ながら元気だった頃の母の姿が懐かしい。

 母の兄弟は腎不全で亡くなった人が多い。

 それゆえ、母自身は「腎臓の悪いのは遺伝や」という。

 しかし、遺伝だけだろうか。

 母の母、つまり、私の祖母の料理の味付けは塩分が多かったらしい。

 母も塩辛い料理を作っていた。

 私は子供の頃、その塩辛さを心配し「もう少し、塩気を減らしてくれ」とうるさいくらいにいった。

 その甲斐あって、母も徐々に塩分を減らしてくれた。

 今ではすっかり、薄味の好きな味覚になった。

 母、満80歳、この歳まで人工透析を必要にしなくて済んだのは、努力して薄味好きになったからと信じている。

 

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